決意

――痛い、なんていうものじゃなかった。
想像を絶する痛み、とはよく言ったもの。
今までの自分が想像し得る最悪の痛みですら、これに比べたら10分の1にも満たない。
しかもその痛みには休みはなく、更に更にと重ねられ加えられていく。
拳を握って痛みをこらえようにもその拳も潰されて。
例えこの拘束がなかったとしても腕だってもう動かせない。
いっそ、気が触れてしまえたら楽になるかもしれない。
それはとても甘美な誘惑だった。楽になれる。楽になりたい。


……北条沙都子ともあろうものが、何を言っていますの?


歯を食いしばって自分を奮い立たせる。
だって目の前で自分をいたぶる鬼ですら言っている。

『悟史くんを追い詰めたのはお前だ!』と。

自分という重荷を抱えて。
「楽になりたい」と、きっと兄・悟史も思っただろう。
そして悟史は簡単に楽になることができた。
ただ沙都子と叔母の間に入りさえしなければそれで良かった。
でも、しなかった。
彼は逃げなかった。いつだって守ってくれていた。
その証拠にいつも自分の前には兄の背中があった。
自分はその背中に甘えていた。

―――でも、一人前の北条沙都子は甘えない。

だから、無理矢理に捻じ伏せた。
そんな甘えは遥か遠くに投げ捨てた。
そんなものは鬼ケ淵の底にでも沈んでしまえ!
飛びそうになる意識を必死で繋ぎとめる。
痛みを自ら意識する。
足りない。足りない足りない足りない足りない全然足りないッ!!

「こいつッ……なんで……?!」
ザシュッ!!!

『大丈夫かい、沙都子?』
これは、あの時の分。

「知らない、知らない、こんなヤツは知らない!!」
ズズッ……ガリゴリ!!!

『ほら、もう終わったよ』
そしてこれはあの時の。

一刺、一撃、一閃の度、思い出す。
どれだけ自分が守られていたのかを。
悲しいことにその想い出はあまりにも多すぎて、この程度では全然足りない。
自分がもう覚えていない時のものまであわせたならば、兄は一体どれだけの痛みを抱えてきたのだろう。
そう思う胸の方がよほど痛い。

「どうしてどうしてどうしてどうして!!!!痛くないの!?そんなはずない痛くないはずがないぃぃぃいいッ!!」
ザクザクザクザクザクッザクッ!!!!

自分が受けるはずだった痛みを全て背負ってくれた優しいにーにー。
にーにーの受けた痛みを全て自分で受け止めて、それでも笑っていられるくらい。
それくらい強くなってようやく自分は一人前になれる。
その姿をきっと、にーにーは見ていてくれる。
一人前になった姿を見届けた時、にーにーは自分の元に帰って来てくれる。


だから、泣かない。絶対に。



――私は、強い。
誰の庇護も要らないくらい。

――私は、強い。
誰の助けも要らないくらい。


――私は、強い。だから。



誰の犠牲も、もう要らない……ッ!



…………痛みは、いつの間にかやんでいた。
周りも狭く暗い拷問部屋なんかじゃない。
溢れる光の中に、求めていた背中があった。
振り返ったその顔は、念じ続けた笑顔だった。
考えるより先に体が動いた。全速力で駆け寄った。
身を縛る拘束はもう何もない。
胸に飛び込むと力強くぐっと抱きしめてくれた。

――もう泣いてもいいんだよ。

優しい言葉に、一瞬だけ躊躇した。
だってもしかしたらこれは弱い自分が見せた都合のいい幻影かもしれなかったから。

――むぅ。

困ったような唸りと共に、頭に優しい感触。
疑いも迷いも一瞬で消えた。
だって間違いようもない。ただただ、声をあげて泣く。
しがみついて泣きじゃくる。そんな自分の頭が優しく、優しく撫でられる。
これは流してもいい涙なのだと、優しいその手が教えてくれた。

――もうずっと一緒だよ。

ずっとずっと聞きたかったその言葉。
けれどうなずく前に、自分にはしなければいけないことがあった。
そっと身を離してまっすぐにその目を見つめる。

「頼り切ってしまってごめんなさい。追い詰めてしまってごめんなさい。
いっぱい、いっぱい、迷惑かけてごめんなさい。そして……」


ありがとうございますですわ、にーにー……





あえてラフ描きのまま色塗り。
ラフすぎて誰かわからないけれど、沙都子。
沙都子にはもちろん笑っていて欲しいし幸せになって欲しいのです。
でも弱さも脆さも強さも重さも全てひっくるめて受け止めて、沙都子が好きです。
だからこの惨劇を心に刻み、大団円への推理の糧へとするのだ!!(最近推理してないじゃんってツッコミはなしで)